「まぼろし役者」（横溝正史） | ラバン船長のブックセイリング | 今回だけは情け容赦なく下手人を追い詰める佐七

人形佐七捕物帳023

今回だけは情け容赦なく下手人を追い詰める佐七

「まぼろし役者」（横溝正史）
（「完本人形佐七捕物帳二」）
　春陽堂書店

三年前、
江戸に突如現れ突如消えた
謎の役者｢中村粂之丞｣。
その役者の
この世に三枚しかない似顔絵の、
二枚までが持ち主殺害の上、
盗み取られた。
佐七の眼前で、
残る一枚を持つ女の乗った駕籠に
黒羽根の呪詛矢が打ち込まれ…。

横溝正史の人形佐七捕物帳第二十三話。
人気役者が理由もなく
突如失踪するという設定は、
金田一シリーズの｢幽霊座｣を
彷彿とさせますが、
その後の筋書きはまったく異なります。
まぼろしの役者の似顔絵はなぜ盗まれ、
その所有者はなぜ殺害されたのか？
佐七の推理が読みどころです。

【捕物帳〇二三｢まぼろし役者｣】
中村粂之丞
…三年前、江戸に突如現れた
　美貌の人気役者。その後、突如失踪。
阪東三津蔵
…上方から中村粂之丞を発掘、
　紹介した役者。故人。
歌川国安
…粂之丞の似顔絵を制作した画工。
　※実在の浮世絵師。
蔦重
…粂之丞の似顔絵を販売した版元。
　※実在の人物。正式には蔦屋重三郎。
おきん
…粂之丞の似顔絵の所有者の一人。
　殺害される。
お染
…粂之丞の似顔絵の所有者の一人。
　殺害される。
お絹
…粂之丞の似顔絵の所有者の一人。
　黒羽根の矢を射られる。
鯱丸
…お絹の子ども。
本庄甚右衛門
…お絹を囲っている男。
　お城の呉服御用となり、
　苗字帯刀を許された。
本庄金之助
…甚右衛門の嫡男。上方へ旅立ち、
　行方不明となっていたが、近頃帰宅。
　顔に火傷の疵がある。
吉三
…島送りになった罪人。
　近頃島破りをした。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
辰･豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。

完本人形佐七捕物帳二

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本作品の味わいどころ①
佐七が解き明かす三つの謎
本作品の肝は、
まさにまぼろしの役者･中村粂之丞の
正体に迫ることにほかなりません。
そのために佐七は
三つの謎を解くことになるのです。

一つは、
なぜ中村粂之丞の似顔絵が盗まれ、
所有者が殺害されなければ
ならなかったのかということです。
粂之丞の似顔絵が
人殺しとどう関わってくるのか、
そして下手人は粂之丞自身なのか、
それともほかにあるのか、
謎に包まれています。

もう一つは、
失踪以前に作成された
粂之丞の似顔絵を、
版木ごとすべて三津蔵が
買い取らなければならなかった
理由は何かということです。
人気が出た方が儲けになるはずなのに、
あえて大枚をはたいて
版木ごと回収する意味は何か。
そこにも事件解明の鍵が
潜んでいるのです。

そしてもう一つは、
なぜ中村粂之丞が突如失踪しなければ
ならなかったのかということです。
人気が沸騰した最中の失踪。
役者としての存在を
抹消しなければならない理由とは何か、
この点が最大の謎でしょう。

本作品の味わいどころ②
顔にある火傷の疵の意味は
実はもう一つ謎があります。
お絹の主･甚右衛門の嫡男･
金之助の顔にある火傷の跡の意味です。
それは明らかに人相を変える、もしくは
隠すためのトリックであることは
間違いありません。
金之助は本当に家出した甚右衛門の
嫡男自身なのか、
それとも別の誰かなのか、
横溝得意のトリックです。

本作品の味わいどころ③
珍しく人情を見せない佐七
それをすべて解き明かした
佐七なのですが、
今回は珍しく人情を見せません。
それらの推理(推論に
過ぎないのですが)をもとに、
下手人と対峙します。
今回だけは情け容赦なく
下手人を追い詰める佐七。
いったいどうしたの？と
言いたくなるくらいなのですが、
こうでもしなければ謎解きが
盛り上がらないので仕方ありません。
強気の佐七を、
存分に味わいましょう。

さて、捕物帳の場合は、
細かな設定が重要になります。
本作品においては、江戸時代、
芝居で男女が一緒に舞台に上がるのは
禁じられていたという事実が、
本作品の謎解きを構成する
重要な下敷きになっているのです。
また、本庄甚右衛門を｢苗字帯刀を
許された町人｣としているのも、
佐七が捜査を行うことが
できるようにするためです
(武士に対しては佐七は捜査できない)。
また、実在の画工や版元を登場させ、
物語にリアリティを加えています。
※歌川国安
※蔦屋重三郎